D級京都観光案内 24

豆餅から落花生へ

 

 

京の七口の一つ大原口は寺町今出川あたりと比定され、江戸時代に建てられた立派な石の道標が立っている。北へ行き出町柳から高野川左岸沿いに八瀬、大原を通り途中越えから若狭に通じる鯖街道の起点である。

一筋東の河原町今出川の交差点を少し北に上がった西側に豆餅であまりにも有名な「出町ふたば」がある。千里阪急でも時々販売されるのだが、やはり本店で買ったものをすぐ食べるのが一番おいしいし、豆餅以外にも黒豆大福、栗餅、桜餅、赤飯などどれもこれも結構おいしいのだ。

初めてふたばを訪れたとしても店がどこか迷うことはない。河原町今出川あたりに来たら人だかりがある。近づくと歩道一杯といっていいほどに4列か5列の折りたたまれた客の待ち行列であることがわかるのだ。その行列の目当てこそがふたばだ。私は行列を作って待つのは大嫌いである。行列に並んでまで買うほどの物なのかとブドウを取り損ねたイソップ寓話の狐のように踵を返して帰ってしまう男である。でもふたばの場合は3列以内なら我慢して並んでしまうのだ。

きんつばも売っている。でもこれは出入橋きんつば屋のきんつばの上品さにはかなわないし、喜八洲の圧倒的重量感にはかなわない。きんつばは大阪の勝ちである。

ふたばのすぐ南隣は肉屋である。自家製焼き豚、これが結構安くてうまい。鍋の中から気に入ったやつをトングで摘み取ってポリ袋に入れて計って売ってもらうのだ。牛のフィレ肉がこれまた安い。箕面本通りの「肉のサンエイ」のフィレ肉はとってもうまい。でもとっても高いのだ。それに比べてこの店のは半値だった。期待せず買ってみたら、「うっ、サンエイのとあまり変わらんぞ。」うれしい誤算でもあったのだが、私の舌の能力が大したことないと証明されただけかもしれない。

この店のいいところは通りの向かいの出町地下駐車場の1時間無料券がもらえることだ。ふたばではもらえない。次に行くすぐ南隣の大岩でも貰えない。

この店、正式には「八瀬大岩 出町店」である。鯖街道にある八瀬の鯖寿司の店の出店である。鯖寿司のほかにも各種弁当を売っていて、さらにはサバの煮つけがパック入りで売られている。これから出かけるときの弁当を買って行くのもよし、家に帰ってからの酒の当てにするのもよしである。

通りを戻りふたばから少し行くと東西に延びる商店街がある。出町桝形商店街で西は寺町通まで続いている。錦市場商店街、三条通り商店街と比べると規模に関しては劣るがその分庶民的な感じがする。東の錦といわれた古川町商店街は最近少しさびれてきたかなという印象があるので、この桝形商店街が一番昭和のにおいを感じさせる活気ある商店街だ。桝形というちょっと変わった名前は都市改造・区画整理で出現した新たな街路に対して辻子、図子などの呼び名をつけたその類型の呼称から来たのではないかと思うが定かではない。

商店街入って南側の5軒目が「寿司処・鯖寿司・麺類 満寿形屋」という超人気の店で12時開店前には多くの人が座ったり並んだりして待っている。店のホームページには「若狭街道の終着点にある店の名物、鯖姿寿司を作り続けて80年の歴史を持つ、鯖寿司をどうぞ。」とある。店の中は4人掛けのテーブルが5つばかりある昭和の食堂で、多くの人はうどんやそばに鯖寿司2切れのセットを注文する。鯖寿司は「いづう」や「いづ重」のように分厚い昆布をぐるっと巻いたものではなく、透明な薄い昆布をサバの上にのせたものだ。サバは脂がのっていて飯の酢加減・硬さも程よく、重厚な味だ。2切れで1200円、ちょっと高いがまあ納得できる味だ。

お持ち帰りもできるが一人前(5切れ)は3000円、鯖姿寿司1本は6000円である。高いけどちゃんとした保冷バッグに入れてくれる。

商店街で好きなのが漬物屋、そこでしか作っていない漬物がないかのぞいてみる。どんどん行くと豆腐屋と鳥屋が並んである。豆腐やがんもどきを買ってちょいと横を見るとなんとコロッケも売っている。140円小型の昭和のコロッケだ。思わずゲットしてしまう。帰ってネットで調べてみると北海道産男爵イモ使用のヘルシーコロッケとある。

隣の鳥屋で仕事帰りの中年のOLさんと思しき女性が唐揚げ4つ頂戴と買って行った。不思議なものですねえ、ついつられて同じ行動をとるものなのですねえ。「僕も4つ頂戴」とおじさんから買ってしまっていた。

鮮魚店ものぞいてみる。グジの塩焼きか鱧の照り焼きがあれば買う。刺身もいいものがあるときもある。

お菓子屋も覗く。阿闍梨餅を売っている店もあるが、ふたばの豆餅を買ってしまっているのでこれはスルー。おかきは東坂米菓のお城やきに遠く及ぶものでないのでこれもスルー。落花生の袋を手に取る。裏を見ると中国産とあるからこれまたスルー。

鰹節店を覗く。鍋用に昆布を買ってもいいが、まあ又にしよう。何気なく手前を見ると豆類も売っている。落花生も売っている。もしやと思い生産地を見るとなんと国内とある。100g440円の袋を2つ購入した。

桝形商店街巡りはこの辺でおしまいなのだが、寺町通の突き当りに司津屋という蕎麦屋がある。店内は満寿形屋に比べゆったりとして昔ながらの蕎麦屋という雰囲気で、いろんな種類のそばが楽しめそうだ。ざるそばが一番人気という本格的蕎麦屋のようだ。満寿形屋が一杯の時にはここで食べても不足はない。

桝形商店街を戻り出町地下駐車場に戻るのだが、ふたばの向かい信号を渡ったところに骨董店がある。京都の骨董店には珍しく皿や鉢などの雑器が安い。その横にはこんにゃく製造店が出店を出して安売りしている。これも買ってみて損はない。店の前にごみだけ積んで閉店状態の園芸店を過ぎると出町の弁天さん、妙音弁財天がある。出町妙音堂ともいわれ京都七福神に入っている。

これで出町界隈の旅はこれでおしまいだが、買ってきた落花生は新たな旅を導いてくれた。

買ってきた落花生を食べてみる。えらくおいしいのである。実は太っている、油が酸化して臭みを持つこともない。皮は薄く皮ごと食べても問題ない。東坂米菓のお城やきと一緒に食べてみる。絶妙のうまみ、至福の時である。

思えば東坂米菓にたどり着いたのも、古川町商店街のお饅頭屋の店先にお門違いのおかきが置いてあり、「おばあさんが11枚手焼きしてはりますねん」というこれまた饅頭屋のおばあさんの勧めで買ったところ、なんと絶品おかきであり、「製造 東坂米菓」のシールを頼りにネットのグーグル地図で探り当てることができたおかげだった。

早速ネットで製造者「豆末」を検索してみる。あったあった、あの五色豆の豆政と同列の京都豆菓子協同組合の会員であるではないか。ホームページは残念ながら持っていない。その住所をグーグル地図で当たってみる。ばっちり出てきた。ストリートビューで見ると小さなお店だ。小売りはやっている気配はない。直接行っても、分けてはもらえないかもしれない。

数週間後、旧三井家下鴨別邸の一般公開を見に行った。さらに今はマンション建設中の旧西田幾多郎邸跡を見に行った。哲学の道よろしく思索に耽り歩いた廊下と書斎は京大博物館に移送保存されたはずだ。私が見たのは殺風景なマンション建設現場だけで、そこ少し南に下がると西園寺公望別邸のあった清風荘が広がっていた。それを下がると田中関田町である。今出川通百万遍の一つ手前の停留所だった。

ここを西に戻り、加茂大橋東詰めを川端通りに沿って北に上がり、御蔭通りの交差点をこえた次の通りを右に行ったすぐに豆末本舗はある。ただしこの道は一方通行で右には行けない、仕方なくもう一筋北に行ってぐるりと回るのだが、この一方通行の道に曲がる手前のコインパーキングで車を停めるのが正解である。徒歩でゆっくり豆末本舗を探そう。豆屋さんらしい何かがあってまあすぐ見つかるだろうという甘い期待は裏切られる。思い切って逆方向に行って探してみるが見つからない。分からない、仕方ないので、近所の酒屋さんに聞いてみる。あああそこですよと、やはり最初そこじゃないかといってみた場所辺りを教えてくれる。今日は休みなんでしょうかねえ、いややってるはずですよというのに励まされ戻ってみる。

一方通行ということを頭に入れずにストリートビューを見ていたものだから、店は北側にあると思い込んでいた。そうではなくて南側にあったのだ。それは一緒にいた女房がストリートビューに写っていた店前の日産のバンに気づいてくれたからだ。確かにそのバンの止まっている前には立て看板があって「店前につき駐車禁止 豆末」と書いてあった。表札も看板も幟も暖簾も何もない。ただただこの駐車禁止の立て看板だけが豆末ここなりの唯一の証拠だったのだ。

半開きのガラス戸の中の気配をうかがうが人影・人の気配は全くない。ごめんください、ごめんくださいと叫んでみても全く応答はない。女房も声をかけてみるが反応はない。諦めが早く見栄っ張りの私はもうこれ以上声を上げる元気もなく、あきらめよ、帰ろうと車に戻るつもりでいた。

ところが女房はあきらめない。隣の住宅風のところもきっとお店と繋がっているに違いないといい、住宅のピンポンを鳴らしたのである。おお、なんと素晴らしい、はいはいと店の奥からおかみさんが現れたのだ。

おかみさんは優しかった。桝形商店街で買った落花生がおいしくて、ネットで調べてここだと知って分けてもらいに来たができるだろうかというとどうぞどうぞと我々を招き入れ、一斗缶に入っている落花生を大きいスプーンですくって置いてくれて、どうぞ食べて下さいという。今朝できたところですという。

おいしい。桝形商店街で買ったのよりおいしい。香ばしさがありうま味もある。皮をむいてもおいしいが、皮をつけても味に深みが出るような気もするぐらいだ。こんなのもあります、砂糖を入れてゆっくりゆっくり炊いたんです。おかみさんが出してくれたのは皺がよりやや濃い色になった落花生だ。乾燥していない落花生など邪道だろうと思って食べると、うん、おいしい、何かと似ているなあ、そう黒大豆のしぼり豆だ。

そのあといろんな種類の豆を一斗缶から出してはさあ試食してくださいという。まあなんと気前のいいそして人のいいおかみさんだろうか。うちは主人と息子と3人でやっていますから大規模にはできません。おかみさんあくまでも謙虚だ。

落花生200gをラミネーターで密封包装してもらう。値段は500円という。桝形商店街では440円×2880円だったのに。こんなんでやっていけるのと心配になるくらい安いではないか。そうかお店が貧相で呼んでもなかなか出てきてくれないということが質の良さ良心的なことを担保してくれていたのだ。

京都の庶民のやさしさ、おいしい落花生の店を見つけちょっとほっこりとして気分になる私だった。


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