D級京都観光案内 37

精進料理・湯豆腐めぐり 2

前回、精進料理を私の知っている範囲で一通り回ったので、湯豆腐のほうに移ろう。京都の料理店、特に大きな寺院と関係の深い料理店では「湯豆腐」を看板にしているお店が多い。豆腐が精進料理の中で重要な食材であること、さらに言えば、豆腐が大豆をもとにした食材の中の基本形であり、いろいろな料理に変えることができるがゆえに、シンプルに昆布出汁の中で暖められただけの湯豆腐が料理として成り立ったのかもしれない。

ちなみに我が家の場合、息子が特に豆腐好きということもあり、どんな鍋にでも豆腐は欠かせない食材である。おでんでも、しゃぶしゃぶであっても、すき焼きでもうどんすきでも、ボタン鍋でもてっちりでも豆腐は入れている。

私の好きなのは鯛のアラに強めに塩をして1日置いてからこんがり焼いたものを昆布、白菜ととも煮て、さらに豆腐を入れたら出来上がりの湯豆腐だ。豆腐もいつもよりじっくり煮込めば鯛の味がしみ込んでうまいと私は思うのだが、シンプルな豆腐好きの息子がどんどんポン酢で食べてしまうので、やむなく私もあまり鯛の味のしみこまない豆腐をポン酢で食べることで我慢している。でもそのあとの鯛のアラをしゃぶりながら食うとうまいのなんの、くたくたになった白菜のうまいのなんの。

我が家の場合はと書いたが、実はどの家でも鍋に入れる具材に豆腐はありふれているはずである。気楽な居酒屋でも湯豆腐というメニューがあり、よくそれも注文したものだ。こうしてみると湯豆腐はしょっちゅう食べているのだが、当たり前だが脇役としてである。

ところが京都では湯豆腐を主役として提供するのである。大阪の人間に言わせれば、もっと安うてうまいもんは一杯あるのにわざわざ腹の足しにならんもんで商売するんやなあとなる。大阪から39,960㎞離れた京都ならではかもしれない。京都の奥深さを知るために、湯豆腐を標榜するお店を探訪してみよう。

南禅寺の近くに毎年ミシュラン三ツ星の瓢亭はある。400年前以上前の創業で、幕末の観光案内書「花洛名勝図会」に瓢亭が載っている。ところが道を挟んだ向かいに湯豆腐の丹後屋というのも描かれている。今、丹後屋はそこにはない。無鄰菴になっている。山縣有朋が七代目小川治兵衛に作らせたあの無鄰菴である。

瓢亭と並び称されるほど丹後屋と湯豆腐は名所、名物だったのだ。その丹後屋はどこに行ったのか。推測するに南禅寺すぐそばにある「奥丹」に移転したのではないか。三条に至る東海道の街道筋にあった店が、街道から見れば奥に移転したから奥丹という屋号になったのだと私は勝手に確信している。

ネットを見ると、奥丹は行列していることが多いという。私たちは14日に行ったので待つこともなくすぐ座敷に通された。その部屋には低い机が両側に並び、机を挟んで座布団が一つずつ置かれている。二人連れ専用の部屋なのだ。3人以上だと別の部屋に通されるのだろう。もう先客が湯豆腐をつついている。

机中央には固形燃料を使う四角の陶器製のコンロがおいてある。古い文書が書かれた和紙がコンロの外周を巻くように貼られている。まあ風情のあるコンロだ。

まずゴマ豆腐ととろろ汁が出てくる。木の芽田楽、精進天ぷら、ご飯、香の物が出てきた後に湯豆腐が運ばれてくる。鍋には昆布が敷かれ濃い醤油出汁入りの徳利が中央で温まっており、豆腐も食べごろになっている。

豆腐は自家製なのか提携する豆腐屋特製なのかは定かではない。醤油出汁の味も含めて湯豆腐のスタンダードと言える老舗の自負を感じた。

奥丹清水は、高台寺と清水寺の中間あたりにある。基本のメニューは南禅寺の奥丹と全く同じである。誰しも奥丹の清水支店と思うだろう。私もそう思って奥丹が今日やっているだろうかと、奥丹清水に電話した。答えはこうだった。うちは今日やっています。奥丹さんは別の店です、うちには分かりませんと。

奥丹清水のホームページを見ると、江戸時代から続いていると記されている。奥丹と奥丹清水の関係は「いもぼう」の平野屋本店と平野屋本家の関係と全く同じだった。どっちが本当の本家かなどと深入りして探索すると、きっと京都の奥深い闇に引き込まれてしまうだろう。どちらも本家なのだ。それでいいのだ。

順正は南禅寺山門に通じる道の前にある。かつて三枝の司会で毎年ここで豆腐の早食い競争をして、それがマスコミで大々的に取り上げられてきたものだから、世間的知名度は奥丹より上かもしれない。

門の前に立つ予約係に来店を告げると、湯豆腐ですか、京会席料理ですかと聞かれる。もとより、湯豆腐だよと答えると、門の中に入って左手にある丹後屋・草々庵に案内される。店の中はほとんど椅子席で、少しだけ座敷もある。

椅子席のテーブルの中央にはガスコンロがある。ゆどうふ(花)3090円が基本形だ。奥丹のように唯一つのメニューではなく、湯豆腐料理さえいろいろバリエーションがあるのが、観光客の心をつかんでいるのだろうか。かく言う私もかぶらむしを追加注文してしまった。

火力の強いガスコンロがついているから最初から豆腐の入った土鍋がのせられる。ゴマ豆腐にエビも入った焚き合せも出る。ついで豆腐田楽が出てくる。精進天ぷらが出て、御飯、香物が出るころに湯豆腐はちょうど出来上がっている。あつあつの湯豆腐をたっぷり食べて、豊かな気分になるのはいつもの通りだ。落ち着いた所でお店の中を見回すと、大正・昭和の薬や店屋の看板が一杯飾ってあるの気が付いた。一つ一つ見ていくと見飽きない。会計のところで店員さんに聞いてみると、驚くべき事実にびっくりした。

ここは京都の著名な蘭方医・新宮凉庭の医学校「順正書院」の跡地だという。もし京会席のほうを選んでいると、門から入って右手にある、「名教楽地」と書かれた石の門をくぐることになる。そこには回遊式庭園が広がり、登録文化財指定の順正書院があり、凉庭閣で池泉庭園を眺めながら京会席料理を堪能することになる。最も湯豆腐しか食べなかった私たちも、名教楽地の庭園は自由に散策することが許されたのだ。順正さんは太っ腹だ。

順正の豆腐はどこの豆腐か?黒谷・金戒光明寺近くにある京豆腐服部に委託して順正湯豆腐用に特注したものだ。ところで服部の豆腐は唯一「南禅寺豆腐」という名称を使うことを許されており、北摂に住むわれわれは千里阪急や阪急オアシスでこの南禅寺豆腐を買える幸せを持っているのだ。有難いことだ。

次いで紹介するのは天龍寺の塔頭妙智院の中の西山艸堂である。ここはすでに、第13回「天龍寺そして妙心寺」の中で触れている。再確認すべきことは、テーブルの中央には炭火がかんかんとおこっていること、ここの豆腐は森嘉の豆腐を使っているということだ。

12月の初旬、嵯峨広沢の池の傍にある遍照寺の仏像を見に行った。あまり有名でない寺院だが、平安、鎌倉の仏像に巡り合えて驚くほどの感動をした。広沢の池の冬の風物詩、鯉揚げも見ることができた。池の水を抜いてしまって、とれた鯉、フナ、モロコそしてエビがその場で直売されるのだ。川魚の料理は難しい。結局何も買わなかった。

そのかわり嵯峨釈迦堂とも言われる清凉寺境内にある竹仙の湯豆腐を食べる。前にも書いたように清凉寺の駐車場代は高い。800円である。この駐車券を竹仙で見せると、その分安くしてもらえる。椅子席と座敷とがある。

ゆどうふおきまり・3500円(税別)を注文した。机にはカセットコンロが置いてある。ここに湯豆腐の土鍋をのせるのだ。水菜などの野菜と湯葉も湯豆腐の中に入っている。すぐに朱塗りのお膳に食前酒(アルコールを含まない飲み物にも代えられる)、ゴマ豆腐、八寸、炊き合せ、和え物、油物、御飯とお漬物がのせられて出てくる。奥丹や西山艸堂とは八寸、炊き合せが出てくるところが違っていた。なお、京生ゆばお作り付きを注文すると500円アップになる。お造りが魚でなくて生ゆばであるところが精進料理っぽくていい。

竹仙の湯豆腐のダシは私は一番気に入った。お土産に1本買って帰ったが、自宅での湯豆腐でもこのだしを使い切るまで使っていた。息子は変わらず味ぽんを使い続けていたが。

湯豆腐に使われた豆腐は100mほどしか離れていない森嘉の豆腐であることは言うまでもない。

禅宗の寺には精進料理か湯豆腐がつきものである。あまりにも石庭で有名な龍安寺の塔頭にも湯豆腐を食べさせてくれるところがある。西源院である。石庭を見て物思いに耽り、「吾唯足るを知る」の蹲(つくばい)を見て、鏡容池の周りをしばらく行くと西源院はある。小さな門をくぐって入ると素敵な庭がある。その庭に面した座敷には、20ばかりの丸くて低い食卓が3列に並んでいて、食卓の中央には特製の信楽焼のコンロが置いてある。どのコンロにも中央に火のついた菊炭が灰の中に立っている。

先客がいた。多くは中国人観光客だ。日本庭園を眺めながら精進料理が食べられるというので中国人の間で人気なのだろう。

料理には七草湯豆腐1500円と精進料理付き七草湯豆腐3500円の2種類がある。七草湯豆腐には、水菜、白菜、ニンジン、ピーマンの輪切り、麩に湯葉などが入っている。これをゴマと大根おろしの入った醤油出汁で食べる。

途中で朱塗りの膳にのった朱塗りの椀に入った、ゴマ豆腐、山菜のおひたし、煮物、和え物、御飯と香の物が出てくる。泉仙の鉄鉢料理をずいぶん簡素化したようだった。湯豆腐で結構おなか一杯になるからそういうものなのだろう。

まあここは美しい庭園を愛でながらがコンセプトなのだから、料理の質の高さを求めるのは野暮というものだ。なおここの豆腐がどこの豆腐かは残念ながら調べ切れていない。

こうして京都の有名な湯豆腐を巡ってみるとダシは竹仙を除いてどこも醤油出汁である。湯豆腐のダシはポン酢と決めていたのは私の単なる思い込みだったのか。女房が作るダシは刻みネギ、すりしょうがとかつお節を入れた醤油出汁である。

湯豆腐のダシを調べると、日本の文化がわかるかもしれない。湯豆腐は奥深いものである。京都が奥深いことを再認識させられる。湯豆腐ごときと馬鹿にすると京都人に足元を見られるかもしれない、ついそんな気がしてしまうのだ。


「エッセイ」に戻る

  田中精神科医オフィスの表紙へ